公開勉強会vol.3

スポーツ施設としての新国立競技場を考えよう

要約
2014年2月18日 18:00〜20:00 建築家会館

オリンピックが終わった後は

スタジアムをダウンサイジングするというのが世界的な傾向。

「8万人の規模の多目的スタジアム」は

結局、使われない施設になるのではないか。



後藤健生
サッカー・ジャーナリスト
『国立競技場の100年----明治神宮外苑から見る日本の近代スポーツ』著者


ロンドンオリンピックスタジアム 120416 LOCOG Aerials_043
1964年のオリンピックのときは小学生で、国立競技場で開かれたサッカーの試合に連れて行かれたのがはじめで、それが仕事になってしまった。世界中で400か500のスタジアムで試合を観戦したことがあるはず。つい昨年、5000試合を達成した。国立競技場にもおそらく500回近く行っている。
そういった立場から、そもそもどういう施設をつくるべきなのかを考えたい。つまりオリンピックの開会式・閉会式を行うために8万の施設が必要だと認めたとして、では、2週間ちょっとのオリンピックが終わった後、施設はどうなるのか。新しい国立競技場が2019年に完成したとしてもおそらく半世紀、あるいはもっと長くこの神宮外苑という場所に残る。それがとんでもない負の遺産になってしまう可能性がある。2002年のワールドカップのためにつくった宮城スタジアムは、いまや年間数日使えればいい方である。

いま計画されている新国立競技場は、8万人規模の多目的スタジアムで、9連のトラックがあり、真ん中に芝生があってサッカーおよびラグビーに使え、開閉式の屋根もあるのでコンサートにも使えるというもの。現在の国立競技場も、陸上競技場とサッカーの競技場を兼ねている。しかし実際、国立競技場は、「サッカーの聖地」という言葉はよく使われるものの、いちばん大事な試合であるワールドカップ予選はほぼすべて埼玉スタジアムで行われている。
じつはサッカーは上から俯瞰的に見るもの、陸上競技は横から見るもの。さらにピッチのまわりにトラックがあるとその分、観客席からピッチまでの距離が遠くなる。国立競技場はJリーグができたころは試合が毎週のように行われていたが、Jリーグのそれぞれがホームスタジアムを持っているいまは、使われることは非常に少なくなった。
世界的に見ても以前は、陸上競技場とサッカーのスタジアムを兼用するというのは普通の考え方だった。でも、最近のオリンピックのためにつくられたスタジアムを見てみると、そのまま兼用で使われている例というのはあまりない。
たとえばアトランタのスタジアムは最初から野球場に改装される計画でつくられた。モントリオールのスタジアムもオリンピック終了後、ダウンサイジングして野球場に改装された。ロンドンもダウンサイジングされて、将来的にはサッカーのスタジアムになる予定。シドニーも11万人収容のスタジアムをつくったが、大会終了後、ダウンサイジングして、クリケットとサッカー、ラグビーの競技場になった。
競技場がそのまま残っている例は、最近でいうと、北京の「鳥の巣」やアテネのオリンピックスタジアムくらいである。つまり、ヨーロッパや北アメリカといった先進国では、オリンピックのスタジアムは、終了後、集客量に見合ったサイズになるようダウンサイジングする、あるいは改装するというのが一般的な傾向である。


64年の東京オリンピックの後は国立競技場しかなかったので、サッカーもラグビーもそこを使わざるを得なかった。だけどいまは東京近辺だけを考えても、日産スタジアム、味の素スタジアム、埼玉スタジアム、いろんな施設がある。サッカーは専門スタジアムで行われるだろうし、ラグビーは秩父宮という立派な施設がある。
残念ながら陸上競技では8万規模の集客力はない。第一にサブトラックもなければ競技が開けるわけもない。サブトラックは臨時につくるという話だが。神宮外苑の景観を守るという話にからめると、絵画館前のスポーツ施設は昔のようにきれいな庭園に戻すべきだと思う。
現在の計画のような大規模なスタジアムがつくられたとしても使われないものができてしまう、コンサート会場にしかならないんじゃないかという指摘をして、じゃあどうするかという話はこの後にしましょう。

現在の計画、収益の試算には大きな懸念がある。

基本設計期間を延長して検討するべきである。

スポーツ界も沈黙していないで、

真のオリンピックレガシーを議論しよう。



鈴木知幸
元2016年東京オリンピック招致準備担当課長
順天堂大学客員教授


前回は、景観・環境との調和、建築費・維持費、審査過程の問題をお話しした。今回はとくに、持続的な施設となるかどうかについて、私の懸念と提案を述べる。
現在の計画は、スポーツ施設ではなくイベント施設になるという感じである。なのになぜ、スポーツ界は黙っているのか、サッカー界も日本陸連も沈黙している。これほど大事なことを決めようとしているのに組織的にまったく声が出てこない。
いまはオリンピックをやっている最中なので、雰囲気は高まっている。でも多くの人は「私たちに大きな影響がなければ、オリンピックをやってもいい」という認識ではないか。そこを勘違いして、オリンピックが絶対だと思ってはいけない、と私は言い続けている。
現在の進捗状況だが、すでにフレームワーク設計を担当した日建などのJVが随意計画で基本設計を始めており、3月を目処にできあがる。その後すぐに実施設計に入る。現競技場は7月から15ヶ月かけて解体する。そして来年の10月から3年6ヶ月の工期で完成させる。工期については人によって十分という人と、急がなくてはならないという人がいる。ただ、実施設計に入ってしまえば、基本設計の大枠は変えられなくなる。実施設計と並行するなどして、基本設計の時間をもっと延ばせるのではないか、と思う。


次にサッカー場としての懸念を述べる。FIFAでは現在、天然芝しか認めていない。JSCでは天然芝を常設的に維持するというが、屋根がある建物の中では相当難しい。コンサートなどのときに養生シートを敷くと芝生を相当傷め、天然芝の全面張替には5〜6000万円がかかる。人工芝は相当開発がすすんでいるので、FIFAが容認することを期待するのだろうか。
次は陸上競技場としての懸念。そもそも常設の補助競技場がなければ陸上競技大会は開催できない。五輪のときには仮設の補助競技場で対応するとのことだが、4〜5億かかる。河野太郎さんの無駄撲滅チームは、日産スタジアムで陸上競技を開催すると言っているが、オリンピックのメインである陸上競技を他県でやるのは無理すぎるだろう。また、陸上仕様の電気系統も常設で整備するのか、これは設置に6億円、メンテナンスに年間1000万かかるとのことだ。
会場使用料は5000万円と想定されている、これを日本陸連を払えないだろう。味スタは1日1000万、5日借りると5000万円だが、高くて使えないといわれている。それにもかかわらず、JSCは(陸上競技で)年間11日使うといっている。
ラグビーは、2万5000席収容の秩父宮ラグビー場がある。国内大会はここで間に合っているので、新国立競技場は使えるだろうか。8万人クラスの競技大会は、オリンピック、ワールドカップ以外にあるのだろうか。
JSCによると年間の収益は45億5000万円、うちスポーツ大会が9億円、文化イベントの開催で年間10億円を見込むといっている。私もスポーツ行政を長年やってきたが、こんなお金を払って使ってくれる団体があるんだろうか。サッカー20日、ラグビー5日、陸上競技11日となっているが、具体的な大会名など、内訳を詳細にするべきである。


ただ、建材、工法、付加価値機能や安全機能などの簡素化、縮減などで、建設初期コストを削減することは、長い目で見たときの経費、機能性の低下を招く危険性がある。当初の経費が安ければいいということではなく、ランニングコスト、ライフサイクルコストを重要視すべきである。あれだけの規模のドーム内の夏場の空調、天然芝維持の通気、音響などには相当の懸念がある。


私は、陸上競技場は仮設として、オリンピック後はサッカー場にするべきである案をもっている。補助競技場と電気系統の常設整備は無理であり、無駄である。後部席2万席ほどは可動式にしてフリースペースにして、イベントが開けるとかお店が使えるとかして、五輪後は多目的に使用できるように検討すればどうか。
ピッチ面の深度もどこまで下げられるか調査するべきである。経費は増大するが、景観は改善する。大阪城ホールはそれをやっていて、木の中に埋まっている。
JSCはIOCに提案済みなので修正はきかないといっているが、これらは五輪憲章、アジェンダ21に沿う修正案である。ロンドンだってロスだって、提案して修正はしてきている。まだ変更は可能なはずだ。
これから、全国の地方自治体からキャンプ地の誘致合戦が始まる。日本の公共体育施設の持続可能な施設整備とメンテナンスをどうしていくべきか、こういうこともぼくはすごく提案している。
オリンピックが終わってから、あれが残ったこれが残った、よかったね、ということにしないとオリンピックは成功したことにならない。真のオリンピックレガシーを議論しましょう。

現在の国立競技場を改修し、仮設のスタンドをつくる。

そして、オリンピック終了後は仮設を撤去し、

海岸のエリアで津波タワーとして活用したらどうか。

平米100万の工事費があれば、どのような建物でも改修できる。



今川憲英
外科医的建築家 憲+TIS&Partners’
東京電機大学教授


東京電機大学今川研究室 内田徹さんの改修案
私は建築を考えるときに人間と重ね合わせて考えるようにいつの日にかなっている。じつは日本は耐震のため、建設業界を活性化させるためということで耐震基準が変わって、建築寿命35年説40年説というのがある。でも私は49のとき、心臓が6時間くらい止まったのだが、再生できた。その再生が今回提案すること。いま日本が忘れてはならない、震災の復興に関してアイデアを提供できないかということも考えた。
現在の競技場を生かし、周りに客席を追加する。
具体的には、現在の国立競技場を改修し、付属を仮設でつくって、オリンピックパラリンピックが終わったら撤去して、それを津波が発生するといわれる海岸のエリアにもっていったらどうか、というのが我々が考えている案である。今年の卒業生5人のうちのひとりが卒業設計としてまとめた。
神宮の森を保守し、30メートルを超えない低層に。そして改修で500億円以下仮設のスタンドで500億円と、両方で1000億円以下という低価格にしたいと考え、そのためには既存の競技場を改修して利用しようと。そうすれば当然、短工期になる。


現在のスタンドの面積は約25000〜26000㎡で、収容人数が5万4000名くらい。ここに18000㎡弱くらい増やして、3万名分の仮設スタンドを確保する。仮設のスタンドは正円で、同じユニットが60個できるようにする。構造は、組立解体がやりやすい鉄骨にする。
津波のおそれがある地域に運んだら、現地で床を増設し、エレベーターや階段を設置し、トイレやシャワーも設ける。上は840㎡くらいの面積で、上がっていけば、1700名が初期の30メートルの津波に耐えることができる。津波が去った後は、1棟で3000㎡くらいの床面積は確保追加される客席部分は60個に分割され、津波タワーとして利用できる。できて、下のフロアで800名くらいは利用することができる。構造設計から考えても実現可能な案である。


国立競技場が50年しか経ってないのに解体されるというのも残念でならない。実際、500億円というのは平米あたり100万の工事費になる。それだけあれば、どのような建物でも改修できる。どう残すかという案をまったく考えずに、あの地域の高さ制限を撤廃して、経済の拠点にしようというあり得ないことに対して異論をもちたい。ただ言っているだけではしょうがないので、それをどう具体的に実現させようか、ということでやった。
オリンピックのために仮設で観客席を増やし、終われば元に戻すということは考えられなかったのか疑問である。少なくとも、1000億を超えずに、新国立競技場ができてなおかつ将来にそなえる自然災害へ備える提案は十分にできる。